理事長挨拶

公益財団法人京都「国際学生の家」理事長挨拶

内海 博司
(京都大学名誉教授)

 2013年4月1日から、財団法人京都「国際学生の家」は、公益財団法人京都「国際学生の家」として、再スタートできることは、非常に喜ばしいことでございます。
 当然、伝統的な活動を継続・発展させながら、新しい活動に向けて出発しなければなりません。それには、「スイス東アジアミッション(SOAM)との交流の歴史やHdB創設当初の目的に常に立ち返り」ながら、「国際学寮を経営し、風俗、 慣習、宗教、文化などの国際的な相互理解を助ける事業」を行うことが大切だと考えています。
 特に当財団の目的に掲げてきたが、これまであまり取り上げられなかった「霊性の向上をはかる」という意味について、レジデントと一緒に考える必要があると思われます。
 「霊性」とは、英語のスピリチュアリティ(spirituality)に当たりますが、現在、この言葉はいろいろな分野で一種のブームのように、それぞれニュアンスの異なる意味合いを強調して使われています。宗教的には「聖なるもの、神聖性」、哲学的には「生きる意味、苦難の意味の根拠」、心理学的には「人間らしさ、自分らしさの根拠」、社会学的には「セルフ・アイデンティティ、存在の枠組み」、医療的には「病の中での人生の意味の土台」というように、それぞれ深い意味合いをもって用いられています。当財団の目的では、どの意味合いで用いられているのかを考え、レジデント同士で「霊性の向上をはかる」ことが大切だと考えています。
 1998年世界保健機関(WHO)が、その憲章前文の中で「健康とは、完全な肉体的(physical)、精神的(mental)及び社会的(social)福祉の状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない」という定義を、執行理事会において「健康とは、完全な肉体的(physical)、精神的(mental)、霊的(spiritual)及び社会的(social)福祉のdynamicな状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない」という改訂案が提出されました(まだ結論が出ていません)。この新しい定義に、「霊的」という言葉が追加されたことにより、ますます多くの人達が、この言葉「霊性」に、深い関心を持つようになったと思われます。
 私は、「平和」も「健康」と同じような定義が出来るのではないかと考えています。「平和とは、完全な肉体的(physical)、精神的(mental)、霊的(spiritual)及び社会的(social)自由のdynamicな状態であり、単に戦争又は内乱の存在しないことではない」。そして、本国際学寮は、その平和を実現する若者を育てる道場として造られたと考えています。
 最後に、「戦争には幾らかのコストがかかる。平和にも幾らかのコストがかかる。平和のためにと、言葉によって尽力するだけでは不十分である」と書かれたHdB設立の趣意書を思い出して頂き、今後とも、当公益財団法人京都「国際学生の家」を、ご支援して頂きますよう、お願い申し上げます。