当財団について

財団法人京都「国際学生の家」の沿革

京都には二千人を越す留学生が滞在し、世界各国から多数の学者・研究者が来訪しています。財団法人京都「国際学生の家」は政府の留学生対策が十分でなかった1965年に、京都市左京区聖護院に京 都で最初の留学生寮を建設し、以降、これを軸に国際交流の事業を推進しています。当財団は、スイス東アジアミッション(Swiss East Asia Mission)の代表として来日していた故ヴェルナー・コラー博士 (Werner Kohler、同志杜大学神学部教授・マインツ大学神学部教授、1984年逝去)が、5年に渡る日本人学生との共同生活での体験を通じて「出会いの家」構 想を持たれ、この構想に賛同したスイスの世界奉仕運動(Brot fur Bruder)の人々と日本の故稲垣博京都大学名誉教授らの民間篤志家の献身的な努力により実現しました。

世界各国から京都に来り学ぶ外国人学生と日本人学生に、単なる留学生の生活上の支援でなく、学寮という生活の場を提供し、月間・年間を通じた行事や毎日の地道な活動を通じて、故コーラ博士が提唱した「共同の生」を体験させることによって、この国際理解と親善の増進を計ることを目的としています。この「共同の生」とは、我々の現存在の表面的な調和的共存を意味しているのではなく、異なる国家あるいは民族の間に厳然として存在する人種、宗教、慣習、文化さらには イデオロギーといったものの相違を、寮生相互に対決(Confront)させ、これらの相違を互いに認め合った上で、一個の人格としての「出会い(Begegnung)」を体験させることです。この「出会い」を通じて、相互の 相違を認識し、相互に承認し合うという、きわめて厳しい努力と体験を通じて得られる寛容(Tolerance)が、人類普遍の願望である人類共存の道を達成する有力な手段であると信じ、この「出会いの家(別称)、Haus der Begegnung(HdB)」という屋根の下で「共同の生」の実現を目指しています。

東西冷戦後の現在、西と東の対立ではなく「民族」と「宗教」というあらたなイデオロギーの対立によって再び世界は新たな緊張を強いられています。更にそうした緊張を根底から揺さぶり続けている問題があります。それは環境問題として現れる「人」と「自然」との関係です。環境問題はイデオロギーの対立と無関係にあるのではなく、南北対立のもっとも先鋭的な対立点となりつつあります。東西冷戦時代の対立は、「民族」「宗教」そして「環境」を契機にして引き起こされる対立へと姿を変えてはいるものの、より広い意味でのイデオロギーの対立の持続です。「民族」「宗教」という名のイデオロギーを超えて、その対立を解決していくための理念は何らかの真理によって与えられるものではなく、まさに自由に表現された相互の意見を傾聴し、自己の「立脚点」の放棄と創造を通じて得られる「真理」だと思われます。政治的にはさまざまな妥協の産物であったとしても、個々人はその「真理」を追求し続けるものとして存在しなければ、妥協による解決が常にあらたな対立をもたらすでしょう。真理はそのままにあるので はなく、自由に表現された相互の意見を傾聴し、自己の「立脚点」の放棄と創造を通じて追求し続けるものであり、そのためには「共同の生」とその場における自由が必要であるとして、ある意味では実験的に創られたのが当学寮です。人類の共存のためには新なる相互の理解と寛容が必要であり、財団の理念としている「出会い」の重要性はますます大きくなっていると思われます。

学寮には日本人家族がボランティアとして住み込み、留学生と日本人、留学生問の「出会い」の助言者となり、寮生や研究者などが各国料理を作り会食するコモンミールやハウスミーティングを通して、共同生活の中の様々な障壁の除去に努めています。留学生と同等の立場で生活する日本人が寮生の三分の一を占めるものは全国でも例がありません。

例年、様々な国際問題をテーマとしたセミナーや多様な民族料理の紹介によって食文化での市民との交流を行う「国際食べもの祭り」等を関催するなど幅広い市民レベルの国際交流の場となっています。1985年には、この国際交流活動が高く評価され、国際交流基金の第一回「国際交流奨励賞地域交流振興賞」を、2012年には京都市の市 政114年を記念して、長く京都での留学生の国際交流に貢献したことが讃えられ、「未来の京都まちづくり推進表彰」を受賞しました。財団は一般市民の寄付金などによって支えられていますが、財団の活動を高く評価した京都市や京都府からも援助を頂いています。学寮に滞在した寮生は2012年3月現在、79ヶ 国903名、研究員・研究者は91ヶ国2,826名 にのぼり、現在世界で活躍しています。

 設立後30数年過ぎた2000年頃には、一緒に活動してきたスイス東アジアミッションと分かれり、 防災や老朽化が問題となり閉館の問題も起きましたが、多く方々の募金支援により改修工事も終え、創立50周年を迎えようとしています。2008年、法人制 度の見直しの新法が成立し、我々財団法人京都「国際学生の家」も移行申請を行い、2013年4月からは公益財団法人として、新たな一歩を進める予定です。

参考<「共同の生」(創設者故ウェルナー・コーラー博士の献堂式ことば)>

  この「家」は、自由のために建てられたものです。この「家」に住もうとしている人はすべて、自己にとって重要な事柄を、言葉に言い表わさねばなり ません。各人は、自己の在るがままに在らねばなりません。そしてこのことに努力すべきであります。これが、「共同の生」の自由であります。そして重要なこ とは、各人が他者をも傾聴せしめるような努カをなすことが付随しているということです。とくに要請される態度は、相互的な傾聴と語りかけの態度でありま す。不自由とは、自己の在るがままに言葉で言い表さぬこと、そして他者の言葉に傾聴せぬことであります。傾聴とは、自己の「立脚点」のつねに新たな放棄の 準備です。自由であるとは、各人がつねに撒退と突進の途上にあることであります。この自由とともに、「共同の生」は立ちもし倒れもいたします。この自由こ そが、我々がつねに新らしく立ち向かわなければならない課題であります。この自由から、この自由のために、この「家」において、相互の対決を試みること なく共に住むということは許さるべきことではありません。この自由から、この自由において、またこの自由のために、前提とすべきことは、我々が、既存の何 らかのイデオロギーや宗教や人生理想を追求するのでなく、真理をこそ追求する態勢にあるということであります。真理はすべてを貫いていることを、我々は信 しています。しかしながら、一切のことが簡単に真であり善であると断定されるというわけではありません。何が真であり善であるかは、それに対して我々の目 が開かれるときのみ判断されることです。光があり闇があり、善い生活も悪い生活もあり、愛があれば憎しみもあり、平和と戦争、正義と不正が存在していま す。 真理に相対すること、自由への道につくことは一つの決断を意味します。したがって「共同の生」は、我々の現存在の表面的な調和的共存を意味するので なく、「共同の生」はつねに新らたな緊張と対立の保持であり、あらゆる人間的無意味と意味の戦場の生であり、我々に決して共通せぬものの保持であり、それ によって我々の生活が脅かされるかも知れないインパクトを堪え忍ぶことであります。そして「共同の生」は、この解決に際しては、人間の共同社会の決定のた めの戦い、すなわちお互いのための、また我々の将来のための現存在を獲得すべき戦いにおいて常にその途上にあるものなのであります。

京都「国際学生の家」献堂式(1965.4.10)

  1961年11月19日都ホテルで発起人会を開き、1963年12月24日生産開発科学研究所で財団法人の設立を議決、1963年12月6日、その設置許 可を受け、ここに財団法人京都「国際学生の家」が設立され、理事長に湯浅八郎博士(国際基督教大学名誉総長及び元同志社大学総長:1981年逝去)が就任 した。ただちに、学寮の建設事務所を生産開発科学研究所におき、学寮建設の実際活動に入った。国内に仰ぐ4000万円の募金にさきだち、竹中藤右衛門氏 の厚意ある協力を得て、1964年7月14日竹中工務店の設計施工をもって、学寮の建設着手し、1965年3月31日竣工、1965年4月10日、ス イスからコーラ、ヘルシュテルン両博士を迎え、心ある内外人の祝福の中に、学寮の献堂式をあげた。